2006年06月24日

ご挨拶にかえて

マスタリングエンジニアの上田です。

最近になってホームページとか、ブログとか、始めてみました。

まずは自己紹介を兼ねて、何故私がマスタリングエンジニアになったのか、書いてみますね。



私は1970年埼玉で生まれました。

小学生の高学年くらいから、将来は音楽関係のお仕事がしたいと思うようになりました。

でも「音楽関係のお仕事」って言ってもいろいろありますよね。

私が考えていたのは、仕事しながら音楽が聴けるお仕事がいいなぁと、単純に、そして無邪気に考えていました。

当時はまだ音楽業界のことを良く知りませんでしたから(当たり前です!)、レコード屋さんの店員なんかいいなぁ〜なんて思って、憧れたりしてました。



そして中学生の時、兄に専門学校のカタログ雑誌のようなものが届きました。ちょうど兄が中学3年生で、進路を決める時期だったんですね。そのカタログの中に、レコーディングエンジニアを育てる専門学校というものがあるというのを知ったのです。

この頃から密かに、「将来はレコーディングエンジニアになるぞ!」と思っていました。



時は過ぎ、高校生になり、しばらくは「音楽関係のお仕事」だとか「レコーディングエンジニアになる!」だとかっていうことを忘れて、CDを買った
り、コンサートに行ったりしながら、高校生活を楽しんでいましたが、3年生ともなると、嫌でも将来のことを考えなくてはいけません。

私が通っていた高校は短大附属の女子校だったので、このまま短大に進学するか、もっと勉強して大学に行くか、専門学校か、就職するか・・・・・・。

そして思い出したのです、「音楽関係のお仕事がしたい!」って思ってたこと。



レコーディングエンジニアになるために専門学校に行きたい、という私に両親は大反対でした。

どうも、「音楽業界=芸能界=怪しい世界」というイメージがあったらしいのです。

頑張って、頑張って説得しましたよ。

泣きながら訴えました、どうしてもエンジニアになりたいっていうこと。

そして、そして、ようやく許してもらえました。

ただし、条件付き。

それは、「専門学校を卒業した後、1年間で芽が出なかったらキッパリ辞めること」でした。

今思うと笑っちゃいますよね。

「1年間で芽が出なかったら」の意味がよくわからない。

「1年間で就職先(レコーディングスタジオ)が見つからなかったら」だったらわかるんだけど。



そんなこんなで1989年、専門学校へ入学しました。

でも半年で辞めました、学校。

理由は学校が嫌だったからとか、私には無理だと思ったから、ではないです。

実は学校が夏休みの8月に、念願のレコーディングスタジオにアルバイトとして働くことが決まったのでした。

まぁ、働くといっても、右も左もわからないただの女の子(普通の同世代の女の子よりもほんの少しだけ機械に強いくらい)でしたから、「アシスタント見習い」というか、それ以下の存在でしたが。

学校を辞めた理由はただ一つ、『学校へ行く暇がない』・・・でした。



私が入ったのは、「キーストーンスタジオ」というレコーディングスタジオでした。(今はもうありません)

私にとってラッキーだったのは、キーストーンスタジオは、大編成のオケが取れる大きなスタジオから、ブースのないミックスダウン用のスタジオまで計4つスタジオがあり、色々なレコーディングを実際に見ることが出来たことです。

これはとっても良い経験だったと、今でも思います。



たったの数ヶ月で専門学校を辞めて、スタジオに入ってしまったので、とても困りました。

右も左もわからないというか、わからないことがわからないのです。

アシスタントの先輩方に、「わからないことがあったら何でも聞いていいから」と言われ、機材を指差し、「これって何の機械ですか?」・・・。そんな状態でした。

キーストーンに入り、半年ほど過ぎた頃、どうにかアシスタントらしくなってきました。

でも基本的なことは相変わらずわからないままでしたし、先輩方を真似してただけに思います、今思うと。

そして仕事が終わると、そんな自分が嫌で一人落ち込んでいました。



「あぁ〜、このままじゃダメだぁ〜。私、何もわかってない。」



レコーディングの本を買って勉強したり、空き時間はマニュアルとにらめっこしたり、いろいろしましたがダメでした。というか、ダメだと自分で思い込んでしまったんです。(今思うと、結構いけてたんじゃないかと思うんですが・・・)

レコーディングエンジニアは諦めようと、とうとう決意をしてしまいました。

キーストーンに入社してから、8ヶ月目のことでした。



スタジオを辞め、1週間くらいボーっと過ごしてました。

全く関係のない業種のアルバイトの面接に行ったりもしたのですが、どうもやる気がおきなくて、採用されたのに結局行かなかったりしました。

そしてキーストーンの社長から電話が入ったのです。

「話があるから、まぁ一度会社に来い」とか、そんな内容だったと思います。

何でもいいや!っと半ば投げやりな気持ちで、社長に会いに行きました。

そしてその時社長から出た言葉が、「マスタリングをやらないか?」だったのです。



「マスタリング・・・って何するの?」

聞いたことはあるけど、何するのか全く知らなかった私。

でも、やりたいことはなくなってしまっていたし、「ま、いっか」と、OKしたのです。

今思うと、ココが私のターニングポイントだったのかもしれませんね。



そして、そして、私はマスタリングエンジニアとなりました。

「ま、いっか」と軽い気持ちで始めたはずが、これほどまでにハマッてしまうとは思いもしませんでした。



『マスタリングをやらないか』そう言ってくれた、当時のキーストーンの社長は、日本のレコーディング業界の重鎮、、大野進氏です。

あの時、大野さんにマスタリングを勧められなければ、今ごろ私はただのおばさんです。

posted by ueda at 19:02| INFOMATION